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66話 やっと会えた本当の〝あなた〟

last update Huling Na-update: 2025-07-15 14:30:57
 ──数秒前、大聖堂前。

 ツァール軍は聖堂前の広場に数台の大砲を設置し、次々と砲弾を装填していた。

 聖域に向かって砲撃を加えるなど、本来ならば神をも恐れぬ愚行だろう。

 だがそれも、ツァール聖教と皇帝陛下直々の命により正式に許可された作戦である。

 そのため、帝国軍は迷うことなく、機械仕掛けの怪鳥に向けて繰り返し砲弾を撃ち放っていた。

 だが、命中しない。

 否、確かに当たってはいる──しかし、怪鳥はそれを防御しているのだ。砲弾は奇妙な力に弾かれ、空中で火花を散らすばかり。

 その最中だった。

 双眼鏡を構えていた若い兵士が、突拍子もない声を上げる。

「お、おい……あれ、女の子じゃないか?」

 煙と雪と火の粉の帳の中──小柄な少女が、怪鳥の首元にしがみついて、何かを懸命に叫んでいた。

 制服は、パトリオーヌ女学院のもの。焦げ茶色の外套が風に翻える。

「ああ……さっきの子だ」

 一人の中年兵士が、沈鬱な声音で呟く。

「能有りだった。あの怪鳥が恋人だったんだと……別れを告げに来たってさ。あれが機械仕掛けの偶像だと……そう言っていた」

 その顔には憐れみと迷いが滲んでいた。

 兵士は言葉を濁し、灰色の空を見上げる。

「そんな。あれがあの子の彼氏と?」

「いや、目が〝本気〟だった。……俺の娘も、あのくらいの歳でな。能有りだろうが、やっぱり心配になるさ……」

 そんな兵士たちのやりとりを黙って聞いていたのは、場を指揮する腕章を付けた壮年の軍人だった。

 彼は口元に煙草をくわえ、煙をくゆらせながら、何かを閃いたように目を細める。

「なるほど、能有りか。……ならばなおさら、巻き添えで死のうが構わん。どうせ被害は甚大だ。一人増えたところで何も変わらん」

 そう吐き捨てたその顔には、冷笑が張り付いていた。

「万が一、その話が本当で──あの怪鳥があの娘に反応する可能性もあるだろう」

「ま、待ってください!」

 少女を案じた兵士が慌てて抗議の声を上げたが、壮年の軍人は冷ややかに手を振った。

「撃て。目標をあの娘に変更。砲身を少し右に振れ」

 そうして顎で砲手に指示を出す。

「ああ、どうか──恨んでくれるなよ。……我らが邁進なる発展のために」

 砲手は無言で胸の前で十字を切り、短く祈ると、導火線に火をつけた。

 ※

 何が起きたのか、キルシュにはすぐ
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